このページの要点
- パブリシティ権は人格権に由来する権利とされ(最高裁平成24年2月2日判決)、譲渡の構成は判例の立場と整合しない。
- 許諾には目的・媒体・期間・独占性・対価・編集の範囲を書き、宣伝と商品化を分ける。
- 実演家人格権は譲渡できない(著作権法101条の2)。不行使特約でも名誉・声望を害する利用は除く。
- AIの学習・合成は、利用の可否、生成物の帰属と分配、拒絶できる類型を別の条で決める。
結論:事務所とタレントの間では、権利を「譲渡」させず、目的と範囲を決めた「許諾」で組む
タレントの写真や映像、名前、声、演技を事務所が使う場面は、宣材写真、事務所のサイトやSNS、グッズ、広告の案件、配信の切り抜きなど、数え切れません。そのため、マネジメント契約には、タレントの肖像などを事務所が使うための条が必ず入ります。このとき、契約書に「タレントの肖像権・パブリシティ権・著作隣接権を事務所に譲渡する」と書くのか、「事務所に利用を許諾する」と書くのかで、権利の性質との整合も、契約が終わった後の扱いも大きく変わります。
立ち上げ期のタレント事務所に向けた提案書では、パブリシティ権はタレント本人に帰属し、人格権に由来する以上、事務所への「譲渡」という構成は判例の立場と整合しないと整理し、契約期間中の独占的な利用許諾と、事務所を通じた権利行使の窓口の一本化で組む方針を示しました。事務所が求めているのは、権利そのものを手に入れることではなく、期間中にタレントの肖像などを安心して使え、外部からの利用の申込みを事務所でまとめて受けられることのはずです。それなら許諾と窓口の条で足ります。
このページでは、タレントに生じる三つの権利の違い、許諾の範囲の書き方、一方的な包括許諾の作り直し、実演家の権利の財産的な部分と人格的な部分の書き分け、AIによる再現への備えを順に見ていきます。契約が終わった後の公開済みの動画の扱いは退所・契約終了後のページ、起用の案件での使用範囲は起用・出演・PR案件のページで扱います。
タレントに生じる三つの権利
タレントの肖像などに関わる権利は、性質の違う三つに分けて考えます。
タレントの肖像・名前・実演に関わる権利
| 権利 | 中身 | 根拠 | 譲渡できるか |
|---|---|---|---|
| 肖像権 | みだりに自分の容貌などを撮影・公表されない利益 | 法律の明文はなく、判例で認められてきた人格的な利益 | 人格的な利益のため、譲渡にはなじまない |
| パブリシティ権 | 氏名・肖像などが持つ顧客を引きつける力(顧客吸引力)を排他的に利用する権利 | 最高裁判所平成24年2月2日判決(民集66巻2号89頁)。人格権に由来する権利と位置付けられた | 人格権に由来する以上、譲渡の構成は判例の立場と整合しない |
| 実演家の著作隣接権 | 実演の録音・録画、放送、送信可能化、録音物等の譲渡・貸与などをコントロールする権利 | 著作権法91条・92条・92条の2・95条の2・95条の3 | 譲渡できる(著作権法103条による61条1項の準用) |
| 実演家人格権 | 実演家名の表示、名誉・声望を害する改変を受けない権利 | 著作権法90条の2・90条の3 | 一身専属で譲渡できない(著作権法101条の2) |
パブリシティ権について、最高裁判所の判決は、肖像などを無断で使用する行為が不法行為法上違法となるのは、肖像など自体を独立して鑑賞の対象となる商品などとして使用する場合、商品などの差別化を図る目的で肖像などを商品などに付す場合、肖像などを商品などの広告として使用する場合など、専ら肖像などの持つ顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合だとしました。提案書では、この三つの場面を、ブロマイドやアクリルスタンドのように写真そのものを売るグッズ、写真や名前を入れたコラボ商品、広告・タイアップ・PR投稿、という芸能事務所の実務の場面に置き換えて一覧にし、それぞれについて誰が許諾し、誰に対価が入るのかを書く表を示しました。
実演家の著作隣接権は、歌手や俳優、声優などの実演家に生じる財産的な権利で、他の財産権と同じく契約で譲渡できます。これに対し、実演家人格権は実演家本人から切り離せません。事務所の書類でも、財産的な権利は譲渡し、人格権は「行使しない」という特約(不行使特約)で手当てする、という書き分けが使われています。
なぜ「譲渡」ではなく「許諾」か:窓口の一本化で足りる
芸能分野の指針は、実態調査のアンケートで、回答の約6割が実演家の各種権利(著作権、著作隣接権などの知的財産権やパブリシティ権など)を事務所に譲渡・帰属させていたこと、退所後も、所属していた間の成果物に関する権利を事務所がすべて持ち続ける場合があることを紹介しています。そのうえで、権利を事務所に帰属させること自体に一定の合理性はあるとしつつ、退所した実演家や移籍先の事務所などから利用の許諾を求められたときは、許諾しないことに合理的な理由がなければ許諾すべきであり、許諾しないときはその理由を十分に説明すべきだとしています。第三者からの申出で名誉を毀損する使われ方のおそれといった理由がない場合や、使用料を十分に協議することもなく使用を一切認めない場合は、合理的な理由がないと判断され得るとされています。
指針は参考となる行動例として、退所後の実演家に関する権利の利用の申請に対し、名誉を毀損する使われ方をするおそれがあるなどの合理的な理由がある場合を除いてすべて許諾している例や、退所した実演家が所属していた時期の成果物について、第三者から利用の申出があるたびに、その実演家本人に許諾してよいかを確認している例を紹介しています。権利が事務所にある場合でも、退所したタレントの意向を確かめる手順を契約に置いておけば、過去の作品の使われ方をめぐる不信を減らせます。
事務所の側から見ても、譲渡の構成をとる利点は大きくありません。パブリシティ権の譲渡は効力そのものが争われ得るうえ、退所後の利用を拒めば指針の考え方とぶつかります。許諾の構成なら、期間中の独占的な利用と、外部からの申込みの窓口を事務所に置くことで、事務所の営業上の必要は満たせます。退所後については、公開済みの作品の扱いを別の条で決めておけば足ります。
肖像等の利用許諾と窓口(設計の要旨)
1乙は、甲に対し、本契約の期間中、乙の氏名、芸名、肖像、声その他の人格的な表象(以下「肖像等」という。)を、甲が乙の芸能活動の宣伝及び乙が出演する案件の遂行に必要な範囲で利用することを、独占的に許諾する。
2第三者から乙の肖像等の利用の申込みがあったときは、甲がその窓口となり、乙と協議のうえ許諾の可否及び条件を決める。
3甲は、乙の肖像等を、前項の手続によらずに商品化し、又は第三者に再許諾しない。
4本条の許諾は、本契約の終了により終了する。ただし、終了前に公開した作品の扱いは、別に定めるところによる。
パブリシティ権のほか、写真や映像の著作権は撮影者などに生じるため、事務所が自ら撮影した宣材写真の著作権の扱いは別の条で決めます。
許諾の範囲の書き方:目的・媒体・期間・独占性・対価・編集
許諾で組むときに大切なのは範囲です。事務所の書類に現れた許諾の条を比べると、範囲の決め方にかなりの幅があります。
許諾の範囲の書き方の比較(事務所の書類から)
| 書類 | 目的・範囲 | 期間・地域 | 独占性・対価 | その他 |
|---|---|---|---|---|
| 所属契約書 | 事務所の芸能事業の目的 | 全世界 | 非独占・無償 | 肖像権・著作隣接権・パブリシティ権をまとめて許諾 |
| タレント業務委託基本契約書 | 肖像・声・氏名・演技・発言 | 地域・期間の制限なし | 無償 | 第三者への譲渡・再許諾は本人の同意が必要。ただし広告代理店・配信事業者・制作会社の利用は同意不要 |
| ライバー事務所の改訂版 | 活動に必要な範囲 | 契約期間中 | 非独占・無償 | 媒体に応じた編集は可。発言の内容を歪曲する編集は不可 |
| イメージキャラクター契約書 | 広報の目的 | 契約期間中 | 非独占 | 素材の権利は本人側に帰属。商品化・サブライセンスは禁止 |
ライバー事務所の改訂版では、肖像などの利用を、期間中、必要な範囲で、無償かつ非独占で許諾したうえで、媒体に合わせた編集(尺の調整やサイズの変更など)は認め、発言の内容を歪曲する編集は認めない、と編集の線を引きました。あわせて、実演家人格権などの不行使特約を置く場合でも、名誉又は声望を害する利用は除く、と定めています。著作権法90条の3は、名誉又は声望を害する改変を受けない権利を実演家に認めているため、不行使特約の範囲からこの部分を外しておくのが整合的です。
イメージキャラクター契約書では、起用のために撮影した素材の権利はタレントの側に帰属するとし、広報の目的の範囲で、期間中に限り、非独占で利用を許諾したうえで、商品化と第三者への再許諾(サブライセンス)を禁じ、契約が終わったら使用を停止して30日以内にデータを消去・返還する、と定めていました。期間・目的・終了時の処理まで一続きで書かれた例で、事務所とタレントの間の許諾の条を作るときにも参考になります。
タレント業務委託基本契約書の例のように、第三者への再許諾に本人の同意を必要としながら、広告代理店・配信事業者・制作会社の利用は同意不要とする書き方は、実務の必要から置かれたものです。こうした例外を置くときは、例外にする第三者の利用を、タレントが出演する案件の遂行に必要な範囲に限ると書き添えておくと、原則と例外の関係がはっきりします。
一方的な包括許諾を作り直す
見直しの対象になりやすいのは、許諾の範囲を限定せず、将来の利用まで含めて異議を述べないことを約束させる型です。たとえば、「現存し又は将来開発される媒体・形式を含み、タレントはこれに異議を述べない」とする条や、肖像などの利用を「永久かつ無制限」に認め、対価やロイヤリティを一切主張しないとする条が見られます。事務所の側が広く使いたいという事情は理解できますが、タレントの側から見ると、契約時に想定できない使い方まで認めることになります。
書き換えの方向 包括的な許諾の条
媒体と期間
将来の媒体まで含めると、契約時に想定していなかった使い方(AIによる合成など)まで許諾したと主張される余地が残ります。媒体を別表にし、追加は協議とします。
対価
宣伝と商品化を分けると、グッズなどの収益をタレントに分配する根拠が明確になります。芸能分野の指針も、グッズ販売による収益の配分を報酬の条件に含めるよう求めています。
グッズの収益の分け方は報酬分配のページで整理しています。宣伝と商品化を分けて書くと、パブリシティ権の三つの場面(写真そのものを売る、商品に付す、広告に使う)のうち、どれが無償の宣伝で、どれが分配の対象になる商品化なのかが、契約の段階で整理できます。
実演家の権利の書き分け:財産的な権利と人格権
声優がVTuberの演者を務めるプロジェクトの業務委託契約書のレビューでは、実演家の財産的な権利は譲渡し、実演家人格権は不行使特約とする書き分けを評価しました。財産的な権利と人格権は性質が違うため、同じ「譲渡する」の一文で処理すると、人格権の部分は効力を持ちません(著作権法101条の2)。
事務所に所属する演者が、別の事業者の動画などに出演する場合に、本人の同意書を交わす書式もあります。その同意書では、録音権・録画権(91条)、放送権・有線放送権(92条)、送信可能化権(92条の2)、譲渡権(95条の2)、貸与権等(95条の3)を行使しないこと、氏名表示権(90条の2)と同一性保持権(90条の3)を行使しないことを確認する一方で、氏名や芸名のクレジット表示は本人の希望に従う、と定めていました。権利を行使しないことを約束しつつ、クレジットの表示のように本人にとって大切な部分は希望を尊重する、という組み立てです。
この同意書が必要になるのは、出演する演者が事務所に所属しているからです。動画を作る事業者は、演者が所属する事務所と出演の契約を結びますが、実演家の権利や肖像は演者本人に生じるため、事務所との契約だけでは、本人が権利を行使しないことまでは確保できません。事務所との契約と本人の同意書の二つをそろえ、どちらにも同じ利用の範囲を書いておくことで、後から本人に「そんな使い方は聞いていない」と言われる事態を防げます。
映像作品については、著作権法91条2項にも注意が必要です。実演家の許諾を得て映画の著作物に録音・録画された実演は、その後、録音物(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く)に録音する場合を除き、録音権・録画権が及ばなくなります。映像作品への出演を一度許諾すると、その映像の利用について実演家の権利で後からコントロールすることは難しくなるため、出演の時点で、利用の範囲と追加の対価を契約で決めておく必要があります。
実演家の権利の手当ての方法
財産的な権利(著作隣接権)
- 譲渡するか、許諾にとどめるかを選ぶ
- 譲渡する場合は対象の権利を条番号で特定する
- 許諾なら目的・媒体・期間を書く
実演家人格権
- 譲渡はできない
- 不行使特約で手当てする
- 名誉・声望を害する利用は特約の対象から外す
- クレジット表示は本人の希望に従う、と書く例もある
パブリシティ権・肖像
- 譲渡の構成は避け、許諾で組む
- 宣伝と商品化を分ける
- 外部からの申込みの窓口を決める
AI・デジタルツインと、声の再現への備え
生成AIの普及で、タレントの顔や声を学習させた画像・音声・3Dモデルを作れるようになりました。事務所の書類にも、この点を正面から扱う条が現れています。インフルエンサーのマネジメントを行う事務所の非専属マネジメント契約書では、本人の肖像・声・表情のデータを使う画像・音声・3Dモデル・AI生成物の権利の帰属、学習データとしての利用の許諾、収益の分配は個別案件ごとに書面で協議すること、名誉を毀損する合成や性的な合成、誤認させる合成は本人が拒絶できることを定めていました。収益の分配を契約の時点で一律に決めず、個別案件ごとに書面で協議するとしたのは、AIを使った案件の形がまだ定まっておらず、本人の稼働がほとんどないまま収益が生じる場合もあるため、案件ごとに本人の表象の価値を評価し直す必要があるからです。
事務所所属の演者の同意書でも、生成AIの学習、合成画像、合成音声、ディープフェイクについての項を置いています。歌い手の事務所が個人の依頼主から歌唱を受ける契約のレビューでは、AIの学習や声のクローンの作成を禁止し、違反に違約金を定める条について、声のクローンなどは確立した判例が乏しい領域で、契約と違約金で守るのが最も確実な手段だと評価しました。
ヒヤリングの問いと理由 AIとデジタルツイン
タレントの肖像・声のデータを、事務所がAIの学習に使うことを認めるか。
認めるなら、目的(特定の案件の制作など)、データの範囲、学習したモデルの利用期間と、契約終了後の削除を決めます。
AIで作った画像・音声・3Dモデルの権利は誰に帰属し、収益はどう分けるか。
本人の表象を使った生成物は、本人の同意なしに使えば肖像やパブリシティの問題を生じます。帰属と分配を案件ごとに書面で決める条が現実的です。
本人が拒絶できる合成の類型をどう定めるか。
名誉を毀損する合成、性的な合成、本人の発言と誤認させる合成など、拒絶できる類型を列挙しておきます。
第三者がタレントの声や顔を無断でAIに再現したとき、誰が対応するか。
事務所が窓口となって削除の申請などを行うのか、費用を誰が負担するのかを決めておきます。
第三者による無断の再現への対応は、SNSでの誹謗中傷や、AIで作られた虚偽の画像・動画を見つけたときの報告と措置の条と一体で置くと運用しやすくなります。VTuberの場合は、キャラクターの声と演者本人の声が同じであることから、さらに別の配慮が必要になります(VTuberのページ)。
肖像・パブリシティ権で起きがちなこと
よくあるご質問
肖像権やパブリシティ権を、事務所に「譲渡」させてもよいですか?
パブリシティ権は人格権に由来する権利と位置付けられており(最高裁平成24年2月2日判決)、譲渡の構成は判例の立場と整合しません。事務所の営業上の必要は、契約期間中の独占的な利用許諾と、外部からの申込みの窓口を事務所に置く条で満たせます。
契約書に書かれていない使い方をされたら、どうなりますか?
許諾の範囲の外の利用は、許諾がない利用になります。そのため、許諾の条には目的・媒体・期間・独占性・対価・編集の範囲を書いておくことが大切です。「将来開発される一切の媒体」のような包括的な書き方は、範囲の外という主張をしにくくします。
AIで顔や声を再現されないようにするには、どうすればよいですか?
契約で、学習データとしての利用の可否、生成物の帰属と分配、本人が拒絶できる合成の類型(名誉を毀損するもの、性的なもの、誤認させるものなど)を決めておきます。声のクローンなどは確立した判例が乏しいため、契約で禁止し違約金を定める方法が使われています。
グッズに写真を使うのは、何の権利の問題ですか?
写真そのものの著作権(撮影者などに生じる)と、写っているタレントのパブリシティ権の両方に関わります。写真そのものを売るグッズは、判例が示した「肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する」場面に当たり得るため、商品化として分配の対象にする書き方が整合的です。
実演家人格権は、どう手当てすればよいですか?
実演家人格権は一身専属で譲渡できないため(著作権法101条の2)、「行使しない」という不行使特約で手当てします。その場合も、名誉又は声望を害する利用は特約の対象から外し、クレジットの表示は本人の希望に従う、と定めておくとバランスがとれます。
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